やりたいかやりたくないか

今回はやりたいかやりたくないかについて書いていきたいと思います。

年度末ということもあり、もうすぐ新しい生活が始まる人も多いでしょう。
そういった人は新しい環境に飛び込むために色々と自問自答し決断をしたことでしょう。
決断は小さいことから大きいことまで日常で皆さんもしていることだと思います。
そこで決断するときのお話をしたいと思います。

ある映画で
「やりたいかやりたくないかの質問にできるかできないかで答えるのは文法おかしいだろ」
という言葉がありました。
この言葉は私の中でとても衝撃的でした。
心理カウンセリングを行っていると、多くの方が決断に迷いが生じています。
そこにはやらなければいけないことに縛られている人が多いように感じます。
やりたいかやりたくないかは自分の内側にある感情の部分であり、やらなければならないのは自分の外側の世界にある理性や道徳心の部分になります。
また映画で出てきた「できるかできないか」も理性や道徳心の部分で判断しようとしています。

相談に来られる方は、自分の外側の世界の影響を受けたり、自分の中で「こうすべきだ」という自己暗示により、自分の内側の感情を無視しようとしたりしているのです。
感情には正しいことや間違っていること、正義や悪などといった判断機能はありません。
ただ自分が快・不快を感じるだけです。

特に決断をしようとすると、ほとんどの人が失敗を避けるために、また良い方向へ向かうために理性や道徳心で一生懸命考え判断しようとするのです。
そうなると感情は無視され、「何となく違うな」と迷いが生じるのです。
感情を無視するということは一番大切な自分を無視するということです。
一番大切な自分を無視するということは自分を信頼していません。
信頼していない自分の決断に迷いが生じて当然ですよね。

逆に迷わない人はどんな感じでしょうか?
あなたの周りにもエネルギッシュに次々に決断が次々に出来ている人がいますよね。
そういった人は失敗を恐れません。
失敗することよりも自分がやりたいかやりたくないかの方が大事なのです。
やりたいことであればやる気もでてきます。

そんな人でももちろんやりたくないことは存在しているはずです。
ではそういったやりたくないことをどう捉えるかというと、その一つの決断だけを切り離しミクロ的に考えればきっとやりたくないことになるでしょう。
しかし迷わない人は、マクロ的に物事を見ています。
一つ一つはやりたくないことでもトータル的に考えるとやりたいことに繋がるのです。
トータル的に方向性があっていれば多少のことはやりたくないことは気にならないということです。

やりたいかやりたくないかで感じることの重要性が分かると思います。

もしあなたが決断に迷いが生じたときに、あなたの中の感情の部分でやりたいかやりたくないか(快か不快)をもう一度感じてみてはいかがでしょうか?

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